「アンタっていつか動かなくなっちゃうの」
マルクは自身を整備しているノヴァを見た。人の肌に似た体表部分を外して現れた機構部分が露出した腕は恐ろしい程精緻で、これがどうやって動いているかはマルクに知る事は出来ない。ノヴァの腕から抜き出された歯車は赤黒く錆びていた。劣化している。そう思ったら先ほどの言葉が口に出ていた。
「身体に致命的な破壊が無ケレバ半永久的に稼働出来マス」
「そりゃあ凄いのサ」
ノヴァは錆びた歯車を自身の手の上に乗せた。掌から淡い光が出たかと思うと、歯車はあっという間に青白い金属の色を取り戻していた。どうやら、洗浄機能のようだった。
「だからきっとマルクの方が先に動カナクナルデショウ」
「だろうね」
そう言ってマルクは笑った。マルクが死んだ後も、ノヴァは幾星霜の時を生き、様々な主人に会い、願いを叶えていくのだろう。そしていつか動かなくなるのだろう。それが、どうしようもなく面白くなかった。
「ねえ、ノヴァ。いつか遠い先、一緒に寝よう」
「ワタシには睡眠の必要はアリマセンが」
「ま、良いから約束するのサ」
「? 分カリマシタ」
(土の下で共に眠れたら良いのに。)
ノヴァは戦闘に関わる事以外には赤子の様に何も知らなかった。これと暮らすようになって、初めてそれを知った。皿を持って「投擲武器デスか?」と聞いたかと思えば、力加減を知らないせいで硝子のコップは無惨に割られた。だから、生活していく中でこの馬鹿に色々教えてやった。奴の疑問はどうでも良い些事から、専門的な知識まで多岐に渡った。だが、ボクは頭が良いから、その全てを丁寧に教えてやった。なんて優しいのだろう。
しかし、次第に馬鹿の「何故デスか?」という疑問の頻度は少なくなっていった。馬鹿は何でも出来るようになっていった。人間の様な知識を持ち、人の様に動くロボットになった。きっとボクが死んだら、授けた知識の甲斐もあり、前よりも遥かに優秀なロボットとして新しい主人に従っていくのだろう。皿も投げないし、コップも割らない、優秀なロボットだ。
それが、どうしようもなく嫌だった。
だから最期に、ノヴァに一緒に眠ろうと言った。
「何故デスか?」
久々に聞いた台詞にマルクは小さく笑った。この馬鹿にはきっと永久に分からない感情だろう。
土の下には骨とロボットが眠っている。