「……ゼロ様は魔力、回復しました?」
「駄目だな」
そう言いながら黄ばんだ畳の上でゼロとミラは秋刀魚を突いていた。塩焼きだ。フォークで身を割ると、旬の魚の香ばしい匂いとほくほくとした湯気が立ち込める。この国の箸という食器には未だに慣れないので、そのまま身を刺していく。
「この世界では魔法を使う為の魔素となる物質が極端に少ない。自然回復は凄まじい時間がかかりそうだ」
「ちなみに、どれぐらい掛かりそうですか?」
リアルが椀によそった筍ご飯をちゃぶ台の上に置きながら聞いた。これは先日近所のおばさんから貰った料理本のレシピの物だ。彼はこの世界の女性に対して何故か受けが良かったので、料理本やら作り過ぎたおかずなどよく貰ってくる。今日も食卓に出ているきんぴらゴボウは貰い物だった。
この現代社会で魔法の話をさも当然として話す彼らは、決して厨二病でも頭がおかしい訳ではない。彼らは信じ難い事に、だが本当に異世界人であり、強大な力を持った魔法を扱える種族であった。そんな彼らが星の戦士という仇敵と戦った際、巨大なエネルギー同士が衝突した事で不可思議な力場を生み、気が付くと彼ら三人は次元の狭間に吸い込まれてこの世界にいたのだった。
この世界の常識も知らず、当初は彼らも大変な目にあった。それから物凄い苦労をしてどうにかこのアパートを借りる事に成功し、ようやく最近は落ち着いて日々慎ましい暮らしを送っていたのだった。
椀を受け取りながらゼロは先のリアルの質問にふむ、と考え込んだ。
「そうだな……。元の世界に戻る為には空間を歪める術式を構築する所から始めなくてはいけないだろう。お前達が手伝うとしても、魔力回復と術式の形成に三年は掛かるかもしれないな」
「さ、三年……!?」
ぐええ、とミラは蛙がひしゃげた様な声を上げた後ちゃぶ台に突っ伏した。
「無理だーー! 下等な人間にそんなに長い間ヘコヘコするのもゼロ様をこんなボロ家にこれ以上住まわせるのも何もかも無理だーー!」
ばたばたと手足を動かしながら騒ぐミラの傍から汁物を離しつつ、リアルは口を尖らせた。
「そうは言っても仕方ないだろう、ここでは何故か魔法も身体能力もかなり制限されているようだし……郷に入っては郷に従えという奴だ」
「それにミラ、私はそんなにここの暮らしは悪くないと思っている。雨風が凌げて毛布があれば何も文句はない」
続くゼロの言葉にミラは大仰に目頭を抑えた。本当に満足そうに言っているのが余計に涙を誘った。
「駄目だ、ゼロ様は幸福の基準値が低過ぎる……俺がもっといい暮らしをさせて差し上げないと……」
「じゃあ明日もバイトに励むしかないな」
「……はー、少しシフト増やすべきか?」
「止めておけ。それで体調崩したら厄介だ」
「私達には保険証が無いからな」
「辛い……」
ミラの心情を表しているかのように、立て付けの悪い窓の隙間から少し肌寒い風が入り込んでくる。六畳一間のおんぼろアパートであるから仕方ないのだが――冬までには、もう少し良い場所を見つけなくては。それが三人の共通認識だった。