古びた紙に並ぶ黒緑色のインクの文字を、ツーはランプの火を頼りに目で追った。古書独特の何処か落ち着く香りが、周囲に広がっている。読書は好きだ。多様な知識を吸収し、我が物とするのは楽しい事だった。ツーがぺらりと古書の頁を捲ると、白い前髪が目元を僅かに遮って彼は顔を上げた。そう言えば、しばらく髪を切っていない気がした。
(……早めに切った方が良いな)
本を読む手を止め、伸びてしまった淡い褪紅色の前髪を一房ツーがつまみ上げていると、後ろから声がかかった。
「あれ、ツー様。髪がどうかしたんですか」
振り返ると、白髪を今日も立たせたミラが興味深げにツーを見ていた。
「単に伸びてきたなと思って」
「あ、切るんならオレがやりましょうか。器用さには自信がありますよ」
鋏を出そうとしたツーは、そう言ったミラの事をまじまじと見た。
「良いのか」
「何だ、オレの腕を疑ってるんですか? 大丈夫、ハゲとかパッツンとかにはしませんって」
「そうじゃないが……いや、お前が良いなら頼もうかな」
「よし来た」
ミラはにかっと愛嬌のする笑顔を浮かべると、ツーから受け取った鋏を手の中でくるくると回した。
しゃき。しゃき。そんな音と共に、ツーの髪が床に落ちていく。手先が器用だと公言したミラは確かに髪を切るのも中々上手いようで、手が淀みなく動いていた。
「そう言えば、オレ、ツー様の髪切るのは初めてですね。オレとリアルのはたまにやるんですけど」
「長くなる前に、いつも自分でやっていたからな」
ミラは今、ツーの後ろに回って襟足を切っている。後ろは自分で切ると中々難しいが、人にやって貰うとこんなにも楽なのか、と思った。
「ふうん。でも、長いのも似合うと思いますよ」
そう言ったミラの声色は明るく、本心からそれを言ったと感じられた。だからツーは、ずっと気になっていた事を聞いた。
「嫌じゃないのか」
ミラは、手を止めた。
「長いと、思い出すだろう、お前」
ミラが心底敬愛してたゼロの髪は長かった。ツーの髪が伸びて彼のようになったら、きっとミラは思い出すだろう。だから、ツーは少しでも髪が伸びたと思ったらその都度鋏を手に取ってきた。
背後のミラはハア、とため息を吐いた。そのまま彼はツーの前に回ったかと思うと、ツーの頭をわしゃわしゃと掻き回して、笑った。
「そんな事言ったら、オレ、ツー様の顔見る度にも思い出して嫌がんなきゃいけないじゃないっすか」
「……い、いや、でも」
思っても見なかったミラの軽い反応に、ツーは赤い目を瞠目させていた。ミラはやはり笑っていた。
「気を回しすぎ! というか、だからいつも自分で切ってたんですか」
「う、まあ、そうだ」
ツーが肯定すると、ミラは指をツーの前に突きつけてにやりと笑った。
「じゃあ今度からもう気にしないでオレに切らせて下さいよ。ずっと気になってたんですよ、後頭部の一部だけ妙に不揃いなのが」
そう言われてしまうと、もうツーは苦笑いするしかないし、こう答えるしかなかった。
「じゃあ、今後も頼ませて頂こう」