「君も昔は似ていたのになあ」
眼前の老人の顔を見ては、ネクロディアスはその在りし日の面影を辿った。この老騎士は今は厳つい面持ちの老人だが、かつては淡い金髪に大きな翡翠色の目をした、それは可愛らしい少年だったのだ。あの頃は、ネクロディアスが求めてやまない彼女――彼が死してからも再会を熱望する恋人だ、に似ていた様に思う。だが、現在彼はすっかり色の抜けてしまった白髪を撫で付けて、愛らしかった瞳は精悍な眉ときつい眦に縁取られて随分と険しい男の顔になってしまった。今や全く似ていない。それが残念でならないと、ネクロディアスは溜め息を落とした。
「だから早く死ねば良かったのに」
「ハハハ、ネクロディアス様はいつもそれですな」
聞く人によっては毒を孕んだ様に聞こえるネクロディアスの言葉にも、ドクロ大王は快活に笑うだけだ。瑞々しい肌に皺が深く刻まれる程の長い付き合いの中で、そう言う彼の言葉に悪意が無いのをドクロ大王は知っている。
「……彼女に似ていた方が良い、と言うのもあるけどさあ。君もそんな老いた体なんて面倒だろう? 早い内に死んでしまえば、若い姿のまま僕といられたのに」
ネクロディアスは年をとる事はない。霊魂の集合体である彼は、これからもずっと青年の姿のままだろう。だが生者たるドクロ大王はそうは行かない。年々生命力も筋力も衰えて、最後は皺くちゃの爺になって死ぬのだ。肉の器はだから面倒だ。早く捨ててしまえば良かったのにと、ネクロディアスは思う。
「儂はこのままで良いんですよ」
「よく分からないなあ」
魂になったらもう老いないのに。あくまで肉の器に拘る彼はとても不思議だった。ネクロディアスの方を見ては穏やかに笑う老人の事を、彼は理解出来ない。首をかしげる彼に、ドクロ大王は指先を向けてにやりと笑った。
「考えても見て下さい、儂がこうじゃなかったら誰が貴方の世話をするんです」
声をかけなければいつまでも微睡んでいたり、あちらこちらにふらふらと動き回る、まるで子供の様なネクロディアスの首輪のリードを掴むのはいつもドクロ大王だった。全く的を射た意見に、ネクロディアスは唇を尖らせる。
「……ドクロン達も命令すればやってくれるし」
「命令しないと何もしないでしょう」
「むう」
指摘の通りだ。死人の魂は物静かで、ネクロディアスが望めば叶えてくれるが、曖昧な自我しかない彼らが自ずから動く事は無かった。ここで唯一自我を持って彼の側にいるのはドクロ大王だけだった。彼がいないと不便になるのは明白だ。
「それに、存外言葉を交わす相手がいないというのは寂しいものですぞ」
ネクロディアスは、彼の言う寂しいという感情がよく分からなかった。しかし、もしドクロ大王が死んだら、ネクロディアスはきっと彼の魂を捕まえて、ドクロンとしてまた側に置くだろうと思った。だが、ネクロディアスが何か失敗しても口喧しく注意する彼の小言はもう聞けないし、下らない事を話しかけても、穏やかな耳に響く声が聞ける事はもう無くなるのだ。それは、随分つまらなさそうだと感じた。
「確かに、話し相手がいないネクロネビュラは、随分と寒そうだ」
「そうでしょう、そうでしょう」
それを聞いて嬉しそうに笑う老人の顔を見ながら、ネクロディアスもつられて笑った。
今は寒くない。