せかいにぜつぼうしたひ

※ゼロ死後のマターズ。ゼロツー視点(本人は自身の事をゼロと思っている為、文中のゼロ=ツーです)。

 ミラという男はとても怖かった。明るく笑っていたかと思えば、次の瞬間それを翻して冷たい目でこちらを見る。親しげに話しかけてきたかと思えば、手を振りかざして威圧的になった。凄まじい感情のぶれ。狂気に毒されていると思った。だから、そんな彼を怖いと思うのに時間は掛からなかった。ただ、優しい時に見せる彼の表情や口調、瞳から溢れているのは紛れもない愛情や敬愛で、ゼロ――そう呼ばれている少年は困惑していた。
 ある時、いきなりミラが泣きながら抱きついて来た時があった。長い廊下を駆けて来たらしい彼の息は荒く、胸から伝わる心臓の音もばくばくと激しかった。痛いぐらいに力強く抱きしめられて、ゼロは僅かに瞠目した。こちらを見る目は涙に濡れ、不安で占められていて。こんな彼の顔を見るのは初めてだった。
「ぜろ、さま」
「ミラ、…どうした?」
 そう問いかけると、ミラは安心したかの様に腕の力を少し緩めた。
「ここにいらっしゃった…っ良かった…」
 それからは、放心したかの様にぼろぼろとその赤い目から涙を流していた。小さい子供のようだ――そう思って彼の頭を恐る恐る軽く撫でてやると、彼は一瞬目を見開いた後に、また泣き出してしまった。何か分からない恐怖感に、彼は常に苛まれているらしかった。
 そんな事もあり、ミラに対しては恐怖感はあったが、何ともいえない複雑な感情を抱いていた。

 リアルは一方とても優しい男だった。彼が浮かべる少し困った様な微笑がとても好きだった。彼の前だけでは、ミラが強制した姿でなく素の自分でいられたのだ。時たま浮かべる痛ましげな顔の原因が知りたくて、理由を何度か問いかけたが、彼は困った顔をするだけで、何も教えてはくれなかった。子供扱いされているのか、とも思ったがそれとも少し違う気がした。
 よくミラから理由も分からない暴力を振るわれそうになった時も、彼はよく庇ってくれた。
「ミラの事を嫌わないでやって下さいね」
 庇ったせいで、頬を赤く腫らしたリアルがそう言った。その時、ゼロは憤慨していた。リアルを殴っておきながら、謝りもせずにどうして止める、と詰め寄ったミラに軽く嫌悪感を覚えたからだった。
「どうして嫌わずにいなきゃいけない、リアルは、何も悪くないのに…」
 そう言い返すとリアルは言葉を選びながら続けた。
「あいつは、少し…混乱しているだけなんです。いつか、きっと全てを理解してくれる…」
 最後の方はリアル自身にも言い聞かせているようだった。そうしたリアルの言葉もあり、ミラへの思いは多少変化していけたのだった。

「ゼロ様、オレがお守りしますからね」
 最後にミラから聞いた言葉はそれだった。カービィという星の戦士が攻めて来るらしく、何故か自分だけ、ファイナルスターに置き去りにされてしまった。皆で戦えば良いじゃないか、とも言ったのだがミラとリアルの二人でそれを阻められた。
「ミラの為に、ここに居てやって下さい。…あいつは、誰よりもあなたを大事にしているんです」
 勿論、私もあなたをお守りしたい。そう言われてしまうとどうしても強く出る事は出来なかった。二人が外へ出ようとする時に、あまりに不安げな顔をしていたのだろう、リアルが苦笑を浮かべて言った。
「そんなに心配なさらなくても、ちゃんと帰って来ますから」
「オレ達の力を甘く見ないで下さいよ?」
 そう言ってミラもからからと笑っていた。二人が強い事は知っていた。だから、大人しくファイナルスターに残る事にした。

 二人が出た後、ミラはその呪力で宇宙からここへ至る道を消した。二人は過保護だ。二人以外の誰がここに来るというのだろうか。世界から隔絶された中で、ただ二人が帰るのを待っていた。浮かぶのは出る前に浮かべていた二人の柔らかな微笑みだ。
 大丈夫。ミラは守ると言った。リアルも帰ってくると言った。二人は強い。星の戦士というのがいくら強くたって、二人には勝てる訳がないじゃないか。

 だから、空間の歪みが直った時は、きっと二人が笑って帰って来たのだと思ったのだ。しかし、現れたのは見た事もない少年と小柄な少女だった。そして、その少年から僅かながら血の匂いがした時、ゼロは何より絶望したのだ。