お前は悪くない。リアルはこれが便利な言葉である事を痛い程分かっていた。周囲や環境の所為にして、相手の正当性を保つ物だ。現状を優しく咀嚼してぬるま湯に浸からせる物だ。それが、本当に当人の為になるのか。それでも、その時リアルはそう言うしか無かった。
「お前は悪くない」
そう口に出して、リアルは本来言わねばならなかった言葉全てを飲み込んだ。喉の奥に、酷い異物感がする。放たれるべき言葉が行き場を無くして、どろりと落ちていくからだ。
項垂れていたミラはその言葉にのろのろと顔を上げた。その赤い瞳にかつての明るさは微塵も無い。薄暗い部屋で、彼は憔悴し、どこまでも沈んでいた。燭台に揺らめく火が、彼の顔に深い影を落としていた。その顔の痛ましさに、リアルは唇を噛んだ。
ゼロが死んでから、ミラは少しずつおかしくなっていった。時計の歯車が一つ足りなくなってしまった様に、少しずつ、緩やかに狂っていった。それでも彼は足りないままに、無理矢理動こうとしたから、他の歯車も次第に彼という体からぼとりぼとりと抜け落ちていった。リアルが落ちた部品を拾い集めて入れようとしても、基盤が歪んでいて、もう元の様には動かない。その様に、ミラの心は、ゼロの喪失という大きな傷跡から広がる醜い数多の罅割れに従い、ぱらぱらと割れていった。
「お前は悪くないよ」
そう言って、リアルはミラの震える手を包んだ。死体の様に、冷たい。
彼は、恐れていた。ミラはゼロの死を忘れた様で、心の底では覚えている。彼はゼロに会いたいという自らの我が儘で、ゼロが遺した「幸せになって欲しい」という願いと、彼の死を冒涜したのを悔やんでいる。そして一方で、蘇らせたゼロに無残な死を再び与えてしまうかもしれない恐怖に震えている。だから、彼の手はこんなにも冷たく、泣いている。
「大丈夫。大丈夫だ。お前は悪くない」
子供に言い聞かせる様に、何度も何度も同じ言葉を繰り返した。彼を庇う優しい言葉で、現実を見るべき目を黒で塗り潰していく。この痛い世界から、ただ守りたい。だから、暖かい綿で彼を包みたいだけなのに、その綿は彼の視界を全て塞いでその首を絞めている。それでも、そう言い続けると、ミラの手の冷たさが取れるから、リアルは何度でも言ってしまう。
(――私は、きっと腐らせている)
そう、分かっているのに。それでもミラに真実を突きつけるのが怖かった。彼が本当に壊れてしまうのは、何より見たくなかった。いつかきっと、彼は元に戻ってくれるかもしれない。その甘い期待に、リアルは縋った。本当にすべき事から、目を背けた。リアルは、逃げたのだ。
その結末が、これだ。
以前「皆で共通のお題でsss書いてみようぜ!」という超突発企画が持ち上がり、それで書いた物。 みえないふりをしていた二人でした。【配布サイト様 : igt】