星の戦士の物語

星のカービィ3の始まり。

  足を踏み出す度に、さくさくと音を立てて足が黄色い砂に沈む。砂漠を歩く黒髪の少年の頬を、砂塵混じりの風が打った。今日は随分と風が強いようだ。宙を舞う砂埃に目を細めた少年、グーイは首から下げたゴーグルを着けて、また歩を進めた。砂の丘陵を登り、少年は眼下に広がる一面の黄色い砂漠を見る。白い石造りの遺跡と、黒光りする八面体の巨大なオブジェクトが砂の上に佇んでいるのが遠目からでも確認出来た。
「ここが、奴の故郷……」
 グーイはそう呟くと、万感の思いでその遺跡を見る。この一面の砂は元来の物では無い。かつてこの惑星であった戦争で、沢山の物が砂に帰し、塵と化したのを少年は知識として知っている。手に掴んださらさらとした砂は、多くの命を屠った戦士の骨か、風化した剣だったのかは知る由も無い。
 グーイは白石で造られた遺跡の方へ足を伸ばした。この遺跡は魔法を得手とした一族の文明の残滓だと言う。近くで見る遺跡は随分と損傷しており、今にも崩れそうな白い石が高く積み重ねられた柱と、石造りの家だった物の残骸が砂漠に点在していた。
 白石の門を数度潜り、彼は慎重に辺りを探す。熱い日差しの中、玉の様な汗を拭いつつ、数時間は経っただろうか。彼は漸く、目当ての物を見つけた。砂に埋もれた一つの石碑。
「……“ゼロ”」
 刻まれていたのは昔日の英雄の名であり、昔日の悪魔の名であった。

◆◆◆

 気持ちの良い午後だ。太陽の光は暖かく降り注ぎ、小さな河の水面をきらきらと輝かせている。青い草木に覆われた静かな川辺には、魚がぱしゃんと跳ねた水音と小鳥の囀り、それと河べりに胡坐をかいて釣りに興じている少年の口笛だけが響いている。少年の隣に置かれたバケツには、川魚が七匹泳いでいる。中々悪くない釣果に、桃色の髪の少年、カービィは機嫌良く釣り糸を垂らしていた。
「今日は何を作ろうかなぁ…。塩をまぶしてシンプルな焼き魚も良いけど、和風に味噌絡めたホイル焼きも捨てがたいし、バターを効かせたムニエルも美味しいよね。茸を帰りにちょっと採って帰って、野菜と炒めて付け合わせも…」
 ぶつぶつと呟きながら夕飯のメニューを考えていると、カービィの口の中にじわりと涎が溢れた。食べる事はカービィにとって至高の幸せだ。暫くああでもないこうでもないとメニューを悶々と考えた後、彼は決心した。
「よし、全部作ろう」
 選べなかった。そうとなれば全てのメニューを作れる程、更に魚を釣る他ない。気持ち新たに釣り竿を握る手に力を込めなおして釣り糸をまた川に垂らした所、ふとその陽光に煌めいていた河が陰った。空を見上げれば、灰色の雲がもくもくと凄まじい勢いで鮮やかな青空を覆い隠しており、カービィは目を見開いた。
「……クラッコ、どうかしたのかな?」
 プププランドの天気は雲の精霊クラッコが日々決めている。確か「今日はブライトに仕事をさせる、儂は寝て過ごすから一日晴天じゃ」と言っていた筈なのだが、とカービィは首を傾げた。何か事情があったにせよ、こんな急激な天候の変化は珍しい。今や雲の色もどんどん黒くなり、いつ雨が降ってもおかしくない雰囲気だった。
「むー……これは、早めに切り上げる他ないなあ」
 そう言いながら、カービィは釣り糸が沈む感触を感じて、勢いよく釣り竿を引き上げた。針の先には、中々のサイズの川魚が掛かっていた。八匹目となる釣果をバケツに入れつつ、彼は引き上げる事にした。
 ――その間も、立ち込めた雲はどんどんとその色を黒く濁らせ、空を覆い隠していった。

 骨に沿って魚に包丁を入れ、白身に塩故障と軽く粉をまぶす。熱したフライパンにバターを入れてその身を焼けば、カービィの家にふわりと食欲をそそる香りが広がった。グリルには味噌と酒とバターで味付けした魚のホイル焼きと、荒塩を擦り込ませた川魚がじゅわ、と音を立てながら焼かれている。コンロには大好物のトマトから作ったスープがことことと煮込まれている。
「ん~……よし、いい感じ!」
 ざく切りにした野菜と採れ立て茸の炒め物の味を見て、カービィは満足気に頷いた。カービィは料理も得意だ。何よりも食べる事が好きなカービィは、コック能力を発揮している時以外でも日々美味しい物を食べれる様に料理の修練を欠かさなかった。勿論、三ツ星コックのカワサキの味には及ばないが、家庭料理としてはそれなりの物が作れると思う。一重に食い意地の為せる技だ。
 テーブルの上にほかほかと湯気の立つ料理を並べる。スープの鍋は火にかけたままだが、食べている間に丁度いい塩梅になるだろう。うきうきと席についてさあ頂きます、とフォークを手にした瞬間、カービィの家の扉がノックされた。
「こ、このタイミングで来客……?」
 思わず顔が渋くなる。扉のノック音は段々と大きさを増している。余程せっかちな人らしい。カービィは一瞬迷った後、ムニエルの皿を持ったまま扉へと向かった。食欲の勝利とも言う。出来立ての料理を食べないのは料理に失礼だし、プププランドの住民はこれぐらいの無礼では何も文句を言わない。だから良いか、と思い彼は玄関に向かった。
「もー、タイミング悪いよ、って」
 扉を開けると、ナップザックを背負った見知らぬ少年が立っていた。ゴーグルを付けた少年は黒い髪に黒いケープ、黒いズボンと黒一色の姿はまるで烏の様で青空や瑞々しい草木から浮いていた。カービィはこのププブランドの住人とは全員顔見知りのようなものだ。そのカービィが知らないというならば、旅人か何かだろう。そう思うと、少年の出で立ちは旅装の様にも見えた。
「えっと、どちら様?」
 少年はカービィを無視して、何かを探す様にきょろきょろと部屋の奥を見渡していたが、中に誰もいないと見ると、ようやくカービィを視界に入れて、ムニエルの皿をちらりと見て言った。
「……あなたが『星の戦士』さん、ですか?」
 どうにも疑わしい、という不信感が感じられる声だった。声はまだ若い。
「あ、うん。一応、そう呼ばれてるかな」
 少年はゴーグル越しに容赦ない不躾さでカービィを足先から頭のてっぺんまで眺めた後、溜め息を吐いた。
「……背も低いし、頼りなさそうだし、弱そうですね。本当に強いんですか?」
「い、いきなり随分失礼だね!?」
 他の暴言はともかく、少しばかり気にしていた背の事を突っ込まれてカービィが勢いよく抗議すると、少年とあまり目線が変わらない事に気がついた。
「というか、君だってそんな背高くないじゃん」
 思わず口をついたカービィの発言は少年も気にしている事だったらしく、ゴーグルの奥の瞳がねめつけた。
「あなたよりは高いですよ」
「ねえ、五十歩百歩って言葉知ってる?」
「二十歩百歩ぐらいの違いはあると思います」
「無いよ! ていうか何なの君は!!」
 カービィの声に同調するかの如く、火にかけたままの鍋が吹き零れた。その音に、ああああ、と悲鳴を上げてスープの処理にすっ飛んでいったカービィを、少年は呆れた様に見詰めていた。